海外に住んだら英語が話せるようになるという本当のような嘘の話

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1.海外に住んだだけで英語がペラペラに!?

ニューヨークで暮らし始めて数ヶ月がたちました。引っ越す前、かなりの確率で色々な人にこのように言われました。

「海外に住んだら、帰ってきた頃には英語がペラペラだねー!」

その時は、まだ海外に住む実感もあまりなかったため、渡米後の暮らしを全く想像できず、ただそうなるといいなー、うへへ。なんて呑気な受け答えをしていたことが思い出されます。

現在、初めての海外生活もようやく落ち着き、冷静に色々な事を考えられるようになってきました。そしてそんな今、はっかりと断言できます。

住んだだけで英語が話せるようにになれるなら、かなり話せるようになっているということになりますね。
とと、とんでもありません!

自分が実際に暮らしてみてよーく分かりました。海外に暮らしているだけで英語がペラペラに話せるようになるなんてことは、私の場合はですが、絶対に、絶対にないと断言できます。

私の英語学習歴をお伝えしますと、小学五年生から英語の勉強を初めて、10年は英語を勉強してきました。ここ10年ほどは全く英語に触れることはなかったのですが、英語は主要教科の中でも一番好きな科目で、一番得意な科目でもありました。ですから、全く勉強したことがないというものでもないため、ある程度その場になったら話せるだろう、なんとかなるだろうなんて気軽に考えていました。
しかし、現実は全く非情でありました。生活し始めてすぐに、暮らしているだけでは英語がどんどん話せるようにはならないという現実に直面します。

2.実際に暮らしてみてぶち当たった壁

(1)Water事件

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海外に来てから初めての事件は、「water事件」です。

Would you like something to drink?
というフレーズは中学英語でも、おなじみだと思います。

店員さんにこのように言われ、あ、何と言われているか分かる分かるー!と嬉しくなり、調子に乗った顔で
Water,please!なんて答えたわけですよ。

しかし、相手の表情は?。

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そこで、再び、water!
しかし何回言ってもまったく通じない。
私は、「ウォーター」という発音をしていたのですが、こうなったら思い切って、間違ったら恥ずかしいという気持ちを捨てて、

ワラ( ちょっと巻き舌気味)

と言ってみたのです。

すると、相手の方は、

Oh,water!!!!

と笑顔で答えてくれ、お水を渡してくれたのです。

水という言葉が通じて、コミュニケーションが成立した瞬間でありました。

こんな会話なんて、日本語ならば3歳の子供でも言えるようなことなのに
私は全く伝えることができなかった。

そこで、私は初めて、ある程度正しい発音をしないと、相手には全く話が伝わらないという当たり前のことをwater事件を通して身をもって学んだのです。
もらったお水の味は心なしかしょっぱかったです。涙ちょちょぎれてたのかな‥

(2)言葉がでてこない

次に、簡単な文章ですらも、こう言いたいな、と思っていることを「すっと」言葉にだすことができない、伝えられないという壁にぶつかりました。
例えば、あなたたちはひと月にどれくらい会っているの?と伝えたいのに、How many times….というトンチンカンな質問をしてしまったり、
あ、これを伝えたいな、と思ったことがパッと言えない。聞き取れないし、答えられない。友達と話したいことも話せない。そんなもどかしい状況に、私はなんとかしなければと思い始めていたのです。

(3)相手の言っていることが理解できない、聞き取れない

そして、相手の言っていることが聞き取れない。聞き取れたとしても、言っている意味が分からないという壁にも直面しました。例えば、レジで、店員さんが何か私に情報を伝えてくれている。それも多分、お得な情報。でも、私は聞き取れない。「I’m sorry?」と言って聞き返したところで、やっぱり理解できない。そうすると、店員さんは「That’s OK!」といって笑顔(苦笑い?)で対応してくれるのです。

これが一番こたえますね。相手の人が一生懸命何かを伝えようとしてくれているのに、分かることができないのですから。もし言っていることが分かれば、意思疎通ができるわけですし、もしかしたらお得な情報だってゲットできたかもしれない。試合観戦に行っても、インタビューやアナウンスが全く分からないと100%楽しめないんです。英語が話せるようになれば確実に自分の世界が広がるだろうということを現実に壁にぶつかることで身をもって感じました。

(4)スクールに通ってはみたけれど・・・

渡航してスクールにも通い、週に1、2回の会話の機会を設けました。なんとなく会話が成立しているように感じられ、満足感も得られていました。しかし、現実世界で会話のシチュエーションになると、相手はなんて言っているのか頑張って聞いてはくれません。

そこで気がついたのは、英語の先生は、日本人が相手だから多少おかしいことを言っていてもなんとか聞き取ろう、としてくれているということ。また、私が聞き取りやすいような簡単な英文で、話してくれているのだということも分かりました。

ただレッスンに行って受け身の姿勢で授業を受けているだけでは、いつまでたっても英語なんて話せるようになんかなるわけがない。レッスンの使い方そのものも見直していかなければならないと思いました。

それと同時に、使える英語を話せるようになるためには、それ以上に色々なことをしなければならないし、それは一朝一夕にはいかないなということに気づいたのです。

たった90日でバイリンガルになる方法!なんてものは、もしそんな方法が実際にあったとしても凡人の私には縁遠い話だったのです。

3.海外に在住していて英語とどう向き合うべきか。

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結局、海外に住んでいたらはおろか、スクールに週に何回か通ったってそんな簡単には思うように話せるようにならない。試験のための英語の勉強をしているだけでは実際に会話するようにはなれない・・そんな当たり前のことに気づいたのが渡米して3カ月目のことでした。
そこで、これから期間限定とはいえ何年も海外に暮らす立場として、私は英語とどう向き合えばいいのだろうと真剣に悩みました。

実際、ニューヨークで暮らしていて思うのは、暮らしに必要な最低限の英語、例えば挨拶や、買い物などの会話さえできれば、とくに困ることはないということ。日本語が通じるお店はたくさんあります。英語はそんなにがんばらなくても生きていけるし。まあ、そんなにがんばる必要もないんじゃないかな、とも思いました。

しかし、それ以上のシチュエーションになると英語が話せないとなるとやっぱり寂しいんです。ここで思っていることが話せたらもっとコミュニケーションがとれるんだろうな。何よりも、話せるようになり、ちゃんとした最低限のコミュニケーションをとれるようになりたい、と強く思ったのです。。

また、日本語の媒体だけで情報を得るよりも、英語が読めたり聞けたりすれば日本語を介さずに直接情報を得ることができるため、得られる情報も無限大に広がります。映画も字幕なんてありません。でも映画だって見たい。テレビだって楽しみたい。友達とアホな話で笑いたい。日本のことを友達にもっと伝えたい。あわよくばアメリカの大学で勉強もしてみたい!

こんな思いがどんどん強くなってきました。

私の周りには身一つでニューヨークで仕事を頑張っている友人や、大学院に行くためにTOEFLの勉強を死ぬ気で頑張っている同じ立場の友人など英語を必死で勉強して、そしてどんどん新しい世界に挑戦している人がいるのでそのような人たちにもたくさん刺激をいただきました。

努力したって、話せるようになるかは分からない。聞き取れるようになるかも分からない。そんなことをしても無駄だ、という人がいるかもしれない。

でも、やってみなければ、分からない。

それでもやっぱり、向こう側の景色を見てみたいのです。

松浦弥太郎さんが、著書「あたらしい あたりまえ」の中で

「あっちの道とこっちの道という二つの選択肢があったら、しんどい方の道を選ぶ」

とおっしゃっていたように

せっかく「使える英語」を勉強するという新しい目標ができたので、しんどい(継続的な努力が必要な)ほうの道を選んでみようかなと思います。

この記事を読んで下さったかたは、私が数か月もがきながらやっと気づくことができたことを一瞬で知ることができたのでうらやましいです(というよりも、あたりまえのことすぎて、もっと早く気付やって話ですよね笑)。

次回はあらためて、現実に直面した私がどのような目標を立て、その目標達成のために何を勉強し始めたのかを書いていきたいと思います。

4.まとめ

住んでいれば自然に英語が話せるようにはならない。そのためには正しい方向の努力と継続が必要。私にとっての海外に住んだだけで英語がペラペラになれるという魔法は、ホグワーツ魔法学校に入学すれば習えるのではないでしょうかというくらいのレベルだった!


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